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「スタートアップエンタープライズBDR立ち上げ」実践記 〜営業戦略のゼロ地点から、チーム・仕組み・文化をどう構築したのか〜

村瀬 章|ナレッジワーク2025/5/25
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スタートアップでエンタープライズ開拓、特にBDR立ち上げに挑む方へ、ゼロからBDRを築いた筆者の実体験に基づき、ブランドのない場所から信頼を創るため、BDRを「信頼を設計する」存在と再定義し、ターゲット設定、社内を巻き込むABMや共感デザイン、立ち上げの具体的な3ステップまでを再現性高く解説しています。

村瀬 章(むらせあきら)2018年、外資系企業2社で8年にわたるキャリアを積んだ後、SAPジャパン株式会社に入社。 Business Development Specialistとして、大手製造業を中心に新規開拓を推進。戦略的アプローチによるリード獲得と案件創出で成果を上げ、売上目標の達成に寄与。 その後、スタートアップ3社にて、インサイドセールスおよびマーケティング部門の責任者を歴任。Board Memberとして経営に参画しつつ、Enterprise領域の立ち上げからスケールまでを牽引。 2023年、株式会社ナレッジワークに参画。エグゼクティブリレーションを担当し、現在はエキスパート・エグゼクティブリレーションを務める。

本記事は、スタートアップにおいてエンタープライズ開拓を担う方、特に「BDRの立ち上げ」という難易度の高いミッションに向き合う方に向けた、実践的なナビゲーションです。

私自身、外資系大手企業からスタートアップに転じ、“ブランドのない場所から信頼を創る”というゼロベースの挑戦を経験しました。その過程で得た学びや試行錯誤を、できる限り再現性あるかたちで言語化し、共有したいという想いから本稿を執筆しています。

読み終えたときに、 「これなら自分にもできそうだ」 「なるほど、こう進めればいいのか」
 ── そんな気づきと一歩踏み出す勇気を持っていただけたら、これ以上嬉しいことはありません。
【この記事はこんな方におすすめです】

  • スタートアップでエンプラ攻略に挑むセールスリーダー
  • BDR立ち上げに取り組む初期メンバー
  • 分業体制を見直したい営業組織のマネージャー
  • ABMを実行をしたいマーケティング部のマネージャー


職種の再定義から始まった挑戦

2023年3月、私はナレッジワークに入社し、BDR(Business Development Representative)チームの立ち上げを任されました。
当時、社内にはBDRという言葉自体の認知も乏しく、組織体制や営業フローも未整備。加えて、エンタープライズ市場での実績や知名度もほぼゼロ。いわば“ないもの尽くし”のスタートでした。
「BDRって結局、何の役に立つの?」
そんな声もある中で、私が信じていたのは一つ。「未来の営業の当たり前を、自分たちの手でつくる」という信念です。
本稿では、大手外資出身の私がスタートアップに転じ、ゼロからエンタープライズ向けBDRを立ち上げてきた過程と、その中で得た戦略的示唆をお伝えします。


外資大手との違いが、スタートアップBDRの価値を浮き彫りにする
過去経験をした大手外資における営業活動は、「ブランドによって扉が開く」構造が確立されていました。ネームバリューがあることで、決裁者にリーチしやすく、予算も潤沢、人材リソースも整備されており、分業型の仕組みも成熟しています。

一方でスタートアップのBDRはまったく逆です。
知られていない会社が、知られていない職種で、自社を知らない決裁者に会いに行くという極めて難度の高い挑戦。
だからこそ、スタートアップにおけるBDRは「信頼を創出する起点」として、事業の未来を左右するほどの重要性を持つのです。


実例|BDR起点で受注に至った象徴的な事例
BDRがターゲット企業に対して封書でのアプローチから接点を創出し、手紙→電話→トップ面談と関係を段階的に築いた案件がありました。
この案件では、単に「商談をつくる」ことにとどまらず、キーマン構造や意思決定プロセス、導入予算の時期感までを事前に解像度高く整理し、営業にパス。その後の営業活動が極めてスムーズに展開され、初回面談から契約までのリードタイムを40%以上短縮できました。
結果として、この企業がスタートアップとして初のエンタープライズロゴとなり、以後の営業活動においても「この企業に導入済み」という社会的証明として大きな役割を果たしました。

このように、BDRは「情報を集めて商談につなげる役割」ではなく、“信頼を設計する”存在であり、営業活動全体に波及するインパクトを持ちます。

スタートアップがBDRでエンタープライズ開拓を目指す理由

スタートアップだからこそ、BDRによるエンタープライズ開拓には大きな意義があります。決して容易な道ではありません。むしろ困難の連続です。それでもなお、挑む価値がある。なぜなら、その挑戦こそが、事業の未来を大きく変える起点になるからです。


1. 限られた資源を活かす“選択と集中”
スタートアップは、予算・人員・認知のすべてが限られた状態です。だからこそ、手当たり次第ではなく「成果に直結するアカウント」への集中が求められます。
エンタープライズ企業は業務の複雑性ゆえに課題が顕在化しやすく、提供価値の刺さりやすさも高いため、高単価・高転換率の見込みをもって挑める存在です。

Tips▹ 商談数ではなく、“商談の質”を定義することが第一の戦略。


2. 売上構造を変える、非線形な成長の起点
スタートアップの飛躍には「1社で売上を塗り替える案件」が欠かせません。 従来のSaaS営業モデルでは難しい、この非連続な成長を生み出す起点こそがエンタープライズBDR。 短期の数字ではなく、「構造変革につながる商談」をつくる役割です。


3. ロゴ実績は、次の扉を開く鍵になる
「この会社も導入している」という一言は、スタートアップにとって最大の営業資産。 ロゴ実績は、顧客の意思決定を後押しするだけでなく、次のターゲット企業との信頼形成においても圧倒的な効力を持ちます。

Tips▹ 最初の“1社”にどこまでこだわるかが、営業戦略全体の方向性を決める。


BDRとSDRの違い ─ 立ち上げ期に必要な社内理解

最初に取り組むべきは、社内からの理解と共感を得ることです。新たな取り組みを前に進めるには、「なぜこの活動が必要なのか」「どのような価値を生むのか」を社内に伝え、仲間として応援してもらえる土壌を整えることが不可欠です。

「BDRとSDRって、何が違うの?」 立ち上げ初期の会話で最も多かったこの問いに、明確な回答を持つことは社内浸透の第一歩です。 

役割  アプローチ先      目的          起点
SDR  インバウンドリード    商談化        反応ベース
BDR  未接点アカウント    接点創出+信頼構築  戦略ベース

ナレッジワークでは「エンタープライズBDR」として、接点創出から商談構築までを一貫して担い、単なる前工程でなく、営業戦略の中心軸として再定義しました。

TipsBDRは「会う」ではなく、「関係性をつくる」役割。



社内での変化は下記になります。

① マーケティングとのターゲティング連携
従来は「とりあえずリードを増やす」施策に偏りがちだったマーケ施策が、 BDRのアプローチ対象であるTier1アカウントを中心に設計されるように変化しました。その結果、ホワイトペーパーやセミナーも「誰に届けるか」が明確な状態で実行され、「接点創出数」をKPIとした質重視の施策が増加しました。

② 営業部門との役割明確化と分業深化
従来は、BDRが商談をパスした後に再ヒアリングが発生するなど、営業と連携がスムーズでない場面もありましたが、「BDRが最初から商談構成までを担う」と再定義したことで、営業サイドもBDRが提供する情報の精度と深度に期待を寄せるようになりました。
実際に、ある大型案件では、BDRが事前にキーマン構造・意思決定ステップ・予算タイミングまでを整理して商談を組み立てたことで、営業側は戦略的に「どのタイミングで誰に会うか」を計画でき、初回商談から契約までのリードタイムを約40%短縮できた事例もありました。

③ 経営層の理解と支援獲得
特に重要だったのは、経営層の捉え方が変わったことです。
以前は「BDR=営業アシスタント的な役割」という認識も一部にありましたが、 「関係構築から案件のタネを戦略的に生み出すポジション」と定義したことで、役員層が自らBDRと情報交換する機会も生まれ、重要アカウントの開拓計画にBDRが初期段階から参加するようになりました。この体制が整ったことで、顧問活用・封書施策・トップ会談戦略など、上層部を巻き込んだ営業施策が連動的に展開されるようになり、BDRの存在が「営業戦略の起点」であることが、全社的に共通認識となったのです。

BDRにとって、ABMは“手段”であって“目的”ではない


BDRチームとABMはよくセットで語られますが、私たちは「本当に必要か?」から議論をスタートさせました。
ABMは強力な手法ですが、それ自体は戦略の一部でしかありません。

  • 自社が集中すべきターゲットはどこか?
  • 組織連携はどこまで機能するか?
  • 成果をどう定義し、どう測るか?

Tips: ABMは「施策」ではなく「組織の構え方」。合意なき導入は失敗の元です。

結果わたしたちはABMが必要と判断をし、ターゲットTier1を50社に定め、成果の定義を「」とし組織として動くために次の施策に取り組みました。


社内を巻き込む「共感デザイン」
ABM施策の成功には、組織全体の納得と共感が不可欠です。私たちは、掲載させていただきたい企業のロゴをあらゆる社内資料に繰り返し登場させるという方法を取りました。
営業会議、月次資料、デイリーMTG。あらゆる場で「この企業に導入していただきたい」という意思を共有することで、自然と部署を越えた連携が生まれていきました。

同時に、経営陣をはじめとした意思決定層に「行けるかもしれない」と思わせることも極めて重要です。なぜなら、エンタープライズ開拓にはリードタイムがかかるため、早期の合意形成と予算確保が必要になるからです。そのためにも、社内の関係者すべてが「今注力すべき企業はどこか」を明確に共有できる状態をつくることが、成果への第一歩となります。

また、このアプローチは(別の機会に詳しくお話します)社内リファラルを促す際にも非常に効果的です。文字で伝えるよりも、企業ロゴという視覚的な共通言語を使うことで、「誰に声をかければよいか」「誰と接点がありそうか」を直感的に想起できる環境が整い、自然な巻き込みを生み出す要因となります。

Tips▹ 「誰に会いにいくのか」が明確になると、組織は自然に動き出す。



BDR立ち上げ期がもたらした成果と変化


① エンタープライズ初受注の創出
上述のように、BDRが一通の手紙を起点に接点を築き、関係性を育てた結果、ナレッジワークとしてBDR経由で初のエンタープライズ受注が実現しました。
単に「会えた」だけでなく、提案内容を顧客が社内決裁プロセスに乗せるまでの並走を行い、“提案ではなく共創”の形で合意に至ったこの案件は、組織内でのBDRの立場を一変させる象徴的な事例となりました。

② 営業戦略全体の再構築
受注後、この成功体験をベースに営業部門との連携体制が進化し、「次に攻めるべきアカウントはどこか」「その企業の決裁構造はどうなっているか」をBDRと営業で戦略的に共通言語化する文化が生まれました。 結果として、アプローチの初期段階から「経営合意」を見据えた営業設計が可能になり、商談の精度が格段に向上しました。

③ 社内の巻き込みと共通認識の醸成
BDRチームの動きが社内にシェアされることで、マーケティング部門はターゲット企業に対してよりパーソナライズされた施策を設計するようになり、CS(カスタマーサクセス)は契約前から顧客理解に参加するようになるなど、受注前から全社が“導入後”を想像する文化が生まれました。
また、経営層も「BDRが攻めるアカウント」に対しては、顧問や人脈を活用して積極的に支援するなど、戦略レベルでの協働体制が構築されていきました。

④ 組織の再現性と自走化への布石
この一連の成功プロセスをナレッジ化したことで、新たに参画したBDRメンバーも「なぜこのアカウントを狙うのか」「誰に会いにいくべきか」が明確な状態で動けるようになり、**個人依存ではなく“組織的に動けるBDRチーム”**への変化が加速しました。

このように、BDRチームは「受注をつくる」以上に、営業戦略そのものをつくる役割として機能するようになったのです。


HOW TO 3ステップ -どのようにスタートアップBDRの立ち上げを行うか-

今、BDRの立ち上げを検討されている方へ、このようなステップでの導入をお勧めします。


【Step 1】“職種の再定義”から始める
まず取り組むべきは、「BDRとは何をする人か」を言語化することです。これは社外向けではなく、社内の共通認識を揃えるための定義づけです。
「SDRとの違いは?」「営業アシスタントでは?」という問いに、自信を持って答えられる状態をつくることで、協力を得るための土壌が整います。

Tips▹ ミッション、対象アカウント、KPI、連携部門、期待されるアウトプットを1枚の資料で整理し、オンボーディングにも活用。



【Step 2】“戦略の起点”としてターゲットアカウントを明確化
BDRの立ち上げでは、「誰に会いに行くのか」が曖昧なまま進めると、全体のリソースが拡散します。まずはマーケティング・営業と連携しながら、戦略的に攻めるべきTier1アカウントを定義しましょう。

Tips▹ 定義したアカウントは「見える化」することが鍵。営業会議・月報・Slackなどでの繰り返し共有が、社内巻き込みを生みます。



【Step 3】“共感デザイン”で社内を巻き込む
BDRの価値は、個人のアポ数ではなく、組織にどれだけ影響を及ぼせるかにあります。経営層・マーケ・営業・CSなど関係者を巻き込みながら、「なぜ今この企業にアプローチするのか」を納得感あるストーリーで伝える設計が不可欠です。

Tips▹ ロゴの掲示、トップ面談の連携、進捗の見える化など、感情と論理の両軸で共感を設計する仕掛けが成果を生みます。


最後に

BDR立ち上げは、単なる営業組織の一部門ではなく、戦略的意思決定を具現化するための前哨部隊です。
「とにかくアポを取る」のではなく、「なぜその企業に、いま会いにいくのか」から逆算し、チームと仕組みを設計する。この視点を持つことで、スタートアップでも、ゼロからエンタープライズに挑む道が見えてくるはずです。

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